日々の臨床の中で、「不定愁訴を訴えている高齢のご家族(両親、姑、舅)」への対応方法について質問を受けることが多くあります。
そこで、「不定愁訴を訴える高齢者の方への対応」というテーマで、今回から3回にわたり、そうした質問を受けた際に、お伝えしていることを書いてみます。
(今後の予定)
・第1回目 不定愁訴について
・第2回目 高齢者の心理状態
・第3回目 実際の対応について
それでは、「不定愁訴」について説明します。
(1)不定愁訴と、その一般的な経過について
①不定愁訴とは、頭痛、腹痛などの多岐にわたる自覚症状の訴えがあるものの、病院で検査をしても客観的所見に乏しく、原因となる病気が見つからない状態です。
その多くは、不安などの精神的な要因が根底に存在していると思われます。しかし、ご本人にはその自覚がないことが多いようです。この理由については、後ほど説明します。
②症状があらわれた時の対応の経過としては、まずはその症状に関連する病院(多くは内科)を受診し検査を受けることとなります。その結果、明らかな原因が見つからない場合、精神的なものが原因だろうと判断され、少量の抗不安薬(=安定剤)や睡眠薬、漢方薬などを処方され経過観察となることが多いです。
症状の軽いものは、この段階でだいぶ軽快しますが、それ以外の症状が改善しない一部の方は、心療内科または精神科を紹介されることになります。
心療内科や精神科では、患者さんの訴えを詳しく聞きながら、多くの場合、お薬の調整がメインとなって診療が行われることになります。ここまでの過程で大部分が改善しますが、それ以外の改善しないケースでは症状が持続することになります。
(2)症状が遷延するケース
症状が遷延する場合、大きく分けて2つのタイプがあります。
①そもそも薬が聞きにくいタイプ。
②薬は効くのですが、副作用のために十分量のお薬を使えないタイプ
薬がある程度効果を発揮する場合でも、症状が強くなるとそれにつれて必要とされる薬の量も増えます。そして、あるところからは、ふらつき、眠気などを始めとした種々の副作用のために、これ以上薬を増やせないという薬物療法の限界がきます。
この段階になると、ご本人はもとより、ご家族もどうして良いかわからず途方に暮れてしまいます。多くの場合は、病院を変えたりしますが同じような対応が続く場合、症状はあまり変化することはありません。
そして一般に症状が持続し、改善の兆しが見えない状態が続くと、将来への強い不安(さらには、「実は、大変な病気ではないか」という思い)へとつながり症状は徐々に悪化します。
(3)不安などのストレスが不定愁訴を起こすメカニズム
不定愁訴の原因として、不安などのストレスがあり、以下に示す医学的なメカニズムが考えられています。
私達の体は全て絶妙なバランスの上に成り立っています。たとえば、血液内の微量なホルモンなどの物質を調整し、全身の血管の状態、心臓や消化器など各臓器の働きをその瞬間瞬間に最善の状態に調整しています。その結果、表面的には、血圧、心拍数、体温を始めとした体のあらゆる状態が適正に保たれています。
人間の想像を遥かに超えた精密なバランスです。しかし、日頃あまりに当たり前過ぎて、この素晴らしさを実感することは少ないと思います。
これは体内の(交感神経と副交感神経からなる)自律神経がコントロールしています。(当然ですが、意識によりコントロールすることはできません。)
そして、不安などのストレスが加わることで、この微妙な自律神経のバランスが崩れることが種々の研究で明らかになっています。
自律神経のバランスが崩れると、体内の微妙なコントロールに異常をきたし症状がでてくると考えられています。その症状は人により出方がみな異なっており、おそらくその人の体質的に弱い所に異常が出るものと思われます。(例 脳の血管の収縮の調整→頭痛、消化器系等の調整→腹痛、吐き気、下痢、便秘など、その他全身の血管の調整→ほてりなど体温調節、発汗など)。
また、一日のおよそ1/3~1/4を占める睡眠は自律神経へ与える影響は特に大きく、不安などのストレスがある場合、多くの場合、睡眠状態が悪くなることから、2重で影響してきます。
つまり、今抱えているストレスを減らすことができれば自律神経のバランスが改善し、それに応じた症状の改善が期待できるということです。
不安によるストレスへの対処法としては、安定剤(抗不安薬)と呼ばれる薬を使うものと、不安の原因に対して対応をとるものがあります。
次回(第2回目)では高齢者の心理状態について述べます。
精神科医 阿部正人